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2005/06/15

ひめゆり学徒の証言が退屈でもいいではないか

青学高等部の入試で英語問題文中ひめゆり学徒の話が退屈だと書いた件を、朝日がマッチポンプ的に報じて騒ぎが大きくなりついには謝罪を迫られた問題、これって日中や日韓の「不適切発言」に繋がる構図ですな。

消されるだろうから引用しておくと、

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青山学院高等部(東京都)の今年2月の一般入試の英語で、ひめゆり学徒隊の沖縄戦体験者の証言を聞いた生徒が「退屈だった」と感じたという趣旨の長文読解問題が出題されていたことが分かった。同校は「配慮を欠いた問題だった。深くおわびしたい」としている。

 同校によると、生徒の感想文を紹介する形式だが、感想文は実在せず、同校の教諭が入試のために、自身の体験をもとに作成。約1000人が受験した。

 出題文は修学旅行で沖縄へ行った生徒は防空壕(ぼうくうごう)を体験した後、ひめゆり学徒隊の体験談を聞き、「正直言って、彼女の話は退屈で飽きてしまった。聞けば聞くほど防空壕の強烈な印象が薄れていった。彼女はその話を何回もしており、非常に話し上手になっていたと思う」と感想を持つ。問題では「なぜ筆者はひめゆりの話が好きでなかったのか」と聞き、「彼女の話しぶりが好きでなかった」など4つの選択肢から答えを選ばせた。

 沖縄では、ひめゆり学徒隊の生存者が戦争の記憶を風化させないため、体験を語り継ぐ活動をしている。ひめゆり同窓会東京支部の常任委員で、関東一円の小中学校などで語り部をしている上江田千代さん(75)は「亡くなった同窓生たちに大変失礼だと思う。そういう感想を持った人がいたとしても、それを入試の問題にする感覚は理解できない」と残念がった。

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良く読めば、防空壕での体験がいかに強烈だったかの比較の尺度として用いているだけなのだが、早速学徒にコメントとって騒ぎを大きくしたやり方はさすがだ。靖国問題とかで一々ネタをたきつけ向こうのコメントを撮って騒ぎを多きくし、それを報じるやり方に共通する物がある。

普通の頭の持ち主なら、朝日が報じた記事を読んだだけで別に青学高等部が馬鹿にした意図を持っていないと言うことぐらいは分かるが、らくださんのブログで紹介されていた出題文全文を読むと更に結局は言葉により理解できる事には限界があり、実際に行ったり経験することが大事だという趣旨の文であることが分かる。そのことを取り上げず、ひめゆり学徒の証言が退屈とは何事ぞ!と反応するのはおかしい。

それに別に退屈な事を退屈と書いても良いではないか。日本はいつから言論の自由が失われたのか。いつからひめゆり学徒は神聖化された存在になったのか。青学高等部は安っぽく謝罪なんかするのではなく、全文を読んでもらえば分かると堂々と主張して欲しかった。

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コメント

 山口組、同和、朝鮮総連、平和、税務署……こういうものには、タテをついてはいけません、、、という教訓かなぁ、

投稿: 罵愚 | 2005/06/15 04:25

結果的にはものの書きようによっては面倒な事も起こりえますよという意味では大きな教育的意義があったのかとも思ってしまいます。

しかしひめゆり関係者の考え方は「唯一の被爆者」と誇らしげに語る人達に相通じるものがありますね。

投稿: mustafa | 2005/06/17 01:16

見事,朝日のやり方にひっかかってしまったバカものです(苦笑)。なるほど,らくださんのブログから試験問題を全文を拝見したり(らくださん,どうもすいません),他のプログにある訳文を見たりしましたが,決してひめゆり学徒を馬鹿にしていないことは分かりました。
で,何だか分かったような分からないような,かなりまだるっこしい文章ですよね。もっとも,英文を訳せない私がいけないんですけど(笑)……あるいは,日本人が作った英文ゆえの限界なのかしら。

で,印象としては,おそらくひめゆりの女性が,話し上手になった背景やその話をするまでに至った過程をちらっと触れるなどしていれば,完璧だったのかもしれません。あたかも,話が上手になることをネガティブにとらえている表現に見えるかな,と。
たまたま今回は戦争ですが,他にも「不運な事故で親類をなくす」「辱めに遭う」など,いろいろ筆舌に耐えがたい辛い体験というのはあるわけで,それを体験した人が,重要性をしっかり認識しているとはいえ,話すこと自体が本人にとっていかに大変な労力だったかに触れる(さらに,できれば「勇気を持って話している」などと尊重する)文章があるとよかったかもしれません。
そして,何分訳文ベースになりますが,「聞き手が話し手の思想を理解しなければよい話もただの言葉の羅列になってしまう。もうひとつの問題は話し手の意見が強すぎる時であり,それはその話自体に違った意味を与えてしまうことがある」とすると,物事の上っ面だけしか理解していないことになると思います。その話し手の思想の奥にある,あるいは意見が強すぎているならば,その強すぎている奥にある真相や背景までをも分析・理解しないと,真実なり何なりは見えてこないものなのではないでしょうか。
したがって「同じテーマでも,話し手の言葉や話し方および聞き手の理解力に加えて,双方それぞれが受けた体験や生きてきた背景によっても,さらに伝わる印象が違ってくるものだ」とすることが,この文章が言いたいところの「語り継ぐことの難しさ」の結論だと思うのです。

――ま,あくまで受験問題用の作文なわけだし,今回問題になっているのは,文章そのものというより,部分的に刺激的な箇所をかいつまんで戦争被害者をヘンに逆撫でするやり方自体のほうなので,こうやって教員の方があるいは寝ずに作ったかもしれない英文自体を評論するのはお門違いなのかもしれませんね。
でも,この文章ってかなりいろんなブログで取り上げられているし,何箇所か見ていると,問題そのものや訳文を全文を載せて,それを見た人たちが「ああ,私勘違いしていました」と言うならまだしも,英文そのものを素晴らしいと評価するケースも多かったんですね。それに対して「どこが素晴らしいねん,こんなまだるっこしい文章」と反発してしまったのが一つ。
それと「ひめゆり関係者の考え方は『唯一の被爆者』と誇らしげに語る人達に相通じるものがある」と氏がおっしゃるのも,これまたどこかに違和感を感じたのもあります。別に誇らしげだとはこれっぽっちも思わないし,むしろ過去を取り戻せるのなら,被害を被る前の人生に戻りたいすらと思っているのではないか,と。
じゃあ,何がそう思わせているのかな,と自分なりに分析したくなってこんな長文になったことを,あしからずご容赦ください。もし最後まで読んで下さったら感謝します。どうもすいません。

投稿: マギー | 2005/06/18 07:35

私自身は英語の文自体は素晴らしいとは思いません。なんか回りくどいというか、言いたいことが何かはっきりしない。しかしまぁ試験問題ですから、最初の数行読んだら内容が分かってしまうというのも困るわけで、その辺は考慮してあげれる必要はあると思います。

鉄血勤皇隊よりひめゆり部隊、東京大空襲より原子力爆弾、硫黄島より沖縄と同じ死でもそれぞれ後者の方が尊ばれている風潮が有るのは残念ですし、尊ばれている方が傲慢な態度に見えるのは私の他にもいると思います。

投稿: mustafa | 2005/06/24 01:01

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